きくりん情報局

追悼 小野田寛郎

平成26年 1月26日  8時50分 橋本市 曇 29CPM
          27日  0時20分 橋本市 晴 24CPM
                9時20分 橋本市 晴 24CPM
               23時40分 橋本市 晴 18CPM
          28日  8時40分 橋本市 晴 27CPM
               24時     橋本市 曇 34CPM
 

 また線量が上昇している。

 何があるのやら。

 地震学の学者が、日本にも核廃棄物の地層処理が出来る安定した土地がある、と発言している。

 北海道の東、東北の太平洋岸。

 銀行のデータの、有事の際の避難場所が、国内に2カ所ある。

 岩手の北上山地と、滋賀の八日市。

 一方は故郷で、一方は以前住んでいた土地。

 岩手に核廃棄物処理施設を作るのは、勘弁して欲しい。

 それどころか、狭い日本の、いや小さな地球のどこにもそんな場所はないぞ。

 県民の歌にある、「岩手、岩手、ふるさと岩手、とこしえに若き大地よ」。

 名曲だと思う。

 これ以上岩手を汚すな。


 記事にするのが少し遅くなったが、小野田寛郎さんが亡くなった。

 惜しい人が亡くなられた。

 終戦後もフィリピンで、命令に忠実に30年も戦い続けた軍人・・・いや軍神、生きる護国の鬼か。

 ようやく戦時中の上官の命令で、武装解除し帰国した。

 その時のインタビュー・・・「どうして出て来られたのですか?」 「上官の命令です。」

 見事だった。

 30年武器を整備し、弾薬を維持し、軍服らしい服装を維持してきた。

 陸軍中野学校の出身だ。

 まさしく、命をかけて祖国を守ろうとしてきた。

 武装解除直前に、フィリピン警察との銃撃戦で、戦友の小塚金七さんを亡くした。

 どれだけ辛かったろうか。

 帰国後、真っ先に訪問したのは、その小塚さん宅だった。

 深々と手をついて、頭を下げている映像を覚えている。(←こんな映像も情け容赦なく報道された)

 それ故、帰国後の落胆は、想像を絶する。

 その後ブラジルで牧場を経営し、日本では小野田自然塾を開塾し、青少年の育成に努めた。

 幸い氏の最後の講演を拝聴することが出来て、またまた幸いに会食を共にすることが出来た。

 ちなみに出席された国会議員は、当時浪人中だったかな?西村慎吾さんのみだった。

 会食では次々に訪れる人々に、料理に箸も付けずにサインをしておられた。

 氏の講演の一部を下に記す。


 「海外の日本人、日系人達は怒っている。

 ありもしなかった大虐殺や慰安婦強制連行など、日本は何故反論しないのだ。

 誇りまで失ったのか。

 どんな国になってしまったのだ。」


 氏を靖国神社の護国の神として祀って欲しく、切に願う。

 幸い、作る会の藤岡さん達と一緒に、写真に映っていただけた。

 
d0231730_04122.jpg


 氏の冥福を祈る。

 そして「ありがとうございました。」と、送りたい。

 氏に恥じない生き方をしたいが、正直恥じ入るのみだ。


 それにしても、今の日本人はお金の価値観に支配されすぎていないか?

 命は物ではない、魂だ。

 魂の価値観で生きれば、何も恐れる必要はない。

 全て満ち足りている。

 有限の物に価値観を置くから、失う事、足りなくなることに不安や恐怖を感じるのだ。

 昔の日本人は分かっていた。

 お金に惑わされることは、銀行屋・石屋の仕組みの思うつぼだ。

 誇りを取り戻そう。

 日本は、死者の思いも大事にする国。

 私達の命は、どれだけの時間と命を経て私達にたどり着いたのか。

 その無数の命をご先祖様として、その思いも大切に生きるのが、私達日本人だ。

 ご先祖様の誇りも、今生きている私達の肩に掛かっているのだ。

 何とも嬉しいじゃないか。
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by drkikurin | 2014-01-29 01:09 | 祈り | Comments(0)

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